2010/05/06

家の表情

2010/5/6

今回は「植栽」について。
家が完成し、入居したのが昨年12月下旬のこと。
「植栽」については手付かずのまま、春を迎えた。
 3月ごろから頻繁に様々な園芸センターなどに通い、色々な木や草を見てきた。
南からの潮風が結構強く吹きぬけることがあるので、「潮に強い」ことを中心に考えた。
最終的には、「ユーカリ」と「レモン」を植えることにした。

ユーカリの葉の油はアロマテラピーにも使われたり、蚊を除ける効果もあるらしい。確かに風に乗って心地よい香りを感じることができる。成長も早いらしく、時の移ろいを感じるにはもってこいの木ではないだろうか。

何か"実"がなるものを育てたいと二人で話していたところ、レモンに辿り着いた。
レモンは新婚旅行で行った「シチリア」を思い出させてくれる。大事に育てれば毎年収穫できるはず!






2本のコンビネーションはどうかなと不安だった。
しかし、いざ植えてもらうと家の外観ともマッチし、家に表情ができてきた。ガーデニングに関しては全くのド素人。これから大切に育てていかないと。
















このユーカリとレモンの木の周りに草花を植える。グラウンドカバーを敷いておかないと砂地なので、雨などで砂が流れてしまう。
セダムを数種、イエロークロサイト、ヘリクリサム、スノードラゴン、ポリゴナムなどを植えた。
しっかり根付き始めると、周りに広がっていくはず。






 そして玄関へと続くアプローチの溝には少し土を混ぜ、ハーブの種を数種類蒔いた。

種を蒔き、水をやりはじめると、早く芽が出てこないかとそわそわする。
朝起きたときの楽しみがまた一つ増えた。

ようやく春らしさも本格的になってきた。
一つ一つの命が根付き、家の表情もより一層豊かになってくるに違いない。

こつこつと・・・

2010/5/6

「Maiden Voyage」というタイトルに変えて新たな船出をしたのが3月1日。そして、最後にアップしたのが3月11日。まさかたったの11日でブログ継続が暗礁に乗り上げるとは自分でも思っていませんでしたが、色々と公私にバタバタしており、こちらをサボっておりました。

家づくりを思い立ってから完成までの約4年間を振り返るということは、記憶はあるものの整理し、系統立てて振り返るという作業が思ったよりも難しく、ちょっと時間がかかっております。

また、過去だけでなく現在も家の様子は変化していき、そちらについても報告していきたいと思っています。

とにかく焦らず、こつこつと。

2010/03/11

富士山


2010/3/11
先週から愚図ついた天気が続き、寒さが振り返し、一昨日の晩に雪が降った際にはどうなってるんだと思ったが、本日は快晴。目を覚ますと久々に富士山を見る事ができた。
冬の間、寝室として使用する事にしたロフトからは、この山を望むことができるのだ。

この地に定住すると決めたのは移住した次の日、2007年2月2X日の事だ。
二階建ての長屋(テラスハウスという言い方に気恥ずかしさを感じるので愛情を込めて長屋と呼んでいる)への引越しを終えた翌日、早速海辺の暮らしを満喫しようと家族全員でビーチへ散歩に出かけた。
愛犬は浜辺を駆け回る。一歳の誕生日を間近に控えた娘は砂を手にし笑顔を弾けさせている。相方と僕は、富士山がとても大きく、澄んで見えることに驚いていた。

関西人の僕らにとって富士山を望める場所に暮らす、というのは、東京で暮らす以上に「思えば遠くに来たもんだ」と感じさせる。新幹線で移動していても、車で移動していても「関西を離れたな」「東京が近づいてきたな」と実感するのは、静岡辺りでこの山が視界に入ってくる時である。
東京の高層ビルから望んだ富士山は、快晴の日にも関わらず靄がかかっていた記憶がある。だから、東京からも富士山は遠いのだなと思っていた。東京への通勤圏内でこの山をクリアに望める場所で暮らせるなんて、東京で勤め始めた当初は想像もしていなかった。
あの日僕らは、浜辺から見えるこの風景を失いたくないと思った。

その時は、あの山を自宅から眺める事の出来る日がくるなんて想像すらしていなかった。

2010/03/09

日常の中の何気ないひとコマ

2010/3/8

娘の誕生日会のとき、ある男の子の発案で、お友達一人ひとりから一輪ずつチューリップの花が4歳になった娘に手渡された。4歳の男の子の発案とは思えないシビれる演出である。
それらを束ねて瓶にいれていたのだが、それぞれ違うタイミングで花が開きはじめてきた。
そのままにしておくわけにはいかない!ということで、新築のお祝いに建築家のアシスタントの女性からいただいた小物を利用させてもらった。 
このチューリップの花が刺さっているアイテムはMICHI-KUSAというらしい。花が数輪何気ない場所にあるだけで、家の中がパッと明るくなる。今までそのようなことを気にしたことがなかったのだが、最近自分の中にそのようなことをうれしく思う感覚が芽生え始めてきた。日常の中の些細なスケッチなのに、そのことに大きな喜びを感じることができる。そんな住まいをつくるために尽力してくれた建築家やそのアシスタントについて、次回以降、出会いから含めて少しずつ触れていきたいと思う。
 




2010/03/02

お誕生日会


2010/3/2

今日は娘の4歳の誕生日。「幼稚園のお友達と一緒に誕生日ケーキが食べたい」というので、その願いを叶えることに。これまでの借家住まいの時だと限られたお友達しか招待できなかっただろう。
盛大にするつもりもなかったのだが、結果的には大人数になってしまった。
子供はクラスメート、その兄弟姉妹、借家時代の近所の友達など合わせて総勢16人。大人は総勢10人。
「これだけの人数が一気に入るなんて、本当に大きい家ですね!」と、言ってくださるオカアサンもいたのだが、家が大きいわけではない。
少なくとも「大邸宅」というカテゴリーに属す家ではない。
部屋の配置、空間の見せ方、部屋の使い方などが、良い意味で曖昧な為、大人数が集まったときにも上手く対応できているのだと思う。そして、それが可能となっているのは、引越しのときに不要だと判断したものを数多く処分してきたからだ。収納スペースに遊びが生まれ、来客時に一時的にモノを収納できるため、人が集まったときにも窮屈感が軽減できるのだろう。

なお、この写真はロフト吹き抜けから2Fを見下ろして撮った1枚。幼稚園のお友達と娘が誕生日ケーキを囲んでいる様子なのだが、それぞれのプライバシーに配慮し、加工させてもらった。

2010/03/01

再出発


2010/3/1

昨年の10/29に「1455日目、1456日目」の家づくりの様子を更新したのを最後に記録をつけることから遠ざかっていた。
それを考えると、約4ヶ月ぶりに再開したことになる。

あの時から、家づくりも最終局面に入り、リアルタイムで記録をUPしていく余裕がなかった。
時間的にも精神的にも余裕がなかった。
時間的に余裕がなかったのは、壁の珪藻土塗りや床のオイル塗りなどは施主である我々が担ったことに起因する。
精神的に余裕がなかったのは、当初の資金計画がずさんであったため、最後の最後で色々と工面するのに奔走する必要に駆られたことにある。
色々な濃密濃厚な時間が怒涛のように過ぎていき、2009/12/22に無事入居に至った。しかし、入居後もこの家づくりの記録を再開するタイミングを逸したまま、ここまでずるずると来た。気づいたら確定申告まで済ませていた。
「新しい住まいがあまりにも気持ちよすぎてパソコンに向かう気になかなかなれない」こともここまで放置してきた要因の一つである。
その辺りのことは、またこれからの記録の中で追々報告していきたいと思う。

また、本日から再開するにあたり、「1500日-普段着の暮らしを求めて」を副題とし、「Maiden Voyage-処女航海」を本題とすることにした。

処女航海とは、Harbie Hancockが60年代に発表したアルバムである。
家が完成したのがちょうど年末だったので、うちの両親が年末年始の休みを利用し、やって来た。その際に、親父に「親父セレクションのJazzアルバムを何枚か持ってきてほしい」と、リクエストした。
この際に親父は10枚近くセレクトしてくれていたのだが、真っ先に出してきたのがこのアルバム。


「海の近くに建ったこの家とこの家に住むお前ら家族のこれからの船出をイメージした」とのことだった。
これ以上のセレクションがあるだろうか?

2009/10/29

1445日目+1446日目

2009/10/26
2009/10/27
階段下の収納スペースもパネルが貼られ、二階からロフトへの階段が取り付けられると、棟梁とその相棒の大きな仕事も一段落という事になるのだろうか。

杉板に溝が掘られ、その溝の上に薄い竹が敷かれる

引戸の話を何日か前に書いたが、相方(妻)が興奮気味に棟梁がしてくれた話を聞かせてくれた。

戸はどのような感じで滑るのだろう...

いかに自分が設計図書の読み方を知らないかという事を露呈するようだが、引戸の上下のレール部分の材は竹が使用されているとのこと。昔ながらのやり方で滑り心地が軽やからしい。棟梁も随分久しぶりに取り組んだという。最近では引戸のレールに竹を使うということは皆無らしい。建具は木でまとめてもレール部分は既製のアルミで対応することが一般的だとか。

そのような話を聞くと、こちらのお願いした予算の中で、建築家も工務店も最高の仕事をしてくれているんだと改めて実感できる。
既製品を使った方が工務店としてはコストも手間もかからないし、建具職人にとっても楽なはずだ。それにアルミのレールと竹のレールの引戸の引き心地の違いなんてなかなか比べれるものじゃないから住まい手もそれほど拘らないはずだ。住まい手に代わってそこにこだわってくれた建築家も、それを形にしてくれる工務店にも職人にも感謝せずにはいられない。
家というのは表面的なものを見ているだけでは見えてこない本質がたくさん隠されている。